メンタルパーティ

うつ病→双極性障害でニートだった僕が、メンタルを攻略し安定して会社員として働く。

【自己紹介】うつ病、双極性障害、無職、ニートが会社員として働く

はじめまして。メンタルパーティのしゅしゅと申します。

 

うつ病双極性障害ニートだった自分ですが、現在は安定して会社員として働けるまでになりました。とはいえ、油断はせず体調管理は常に行っています。

 

精神疾患から社会復帰していくことの一番重要な点は、体調管理を生活習慣とすることだと思います。

メンタルの病気だけれど、メンタルを形成するのは結局のところ体です。気持ちの面も大事ではありますが、メンタル面だけでどうこうしようとしないのが味噌かもしれません。

私の経歴について少し紹介していきます。

 

趣味はこれと言ってなかった

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趣味は、大々的に言えるようなものはこれと言ってなく、しいて言うなら過去にオンラインゲームにハマりすぎていた不登校時代があったことくらいでしょうか。

映画や漫画、アニメ、ゲームなどのエンタメはたまに見たりする程度。運動も大してしていない。つまり目的もなくあてもなく、ぐうたら休日を過ごしていることが多かったです。

 

高校を卒業してからのキャリアと患った病気

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高校を卒業するときにすでにメンタル的に不調を来し始めていて、大学生になってから体調を崩していきました。

高校生の頃に家族を亡くした体験をしたのですが、当時カウンセリングなどの心理的支援を何も受けなったものですから、その影響があったように思います。

 

体調を崩すこともありながらも、心療内科に通院して持ち直すことができたので大学は卒業したのですが、その間、調子のいい時期にはアルバイトを週5回していたりしました。

そのまま会社に就職したため、すぐにメンタルの不調が出るように。

 

入社して10か月後くらいには同期の言動にストレスを感じ、残業の負荷が上がったことや家族とのトラブルなどが重なり、適応障害になりました。

 

1か月の休職を経て職場復帰したものの、異動があり、モラハラ上司と仕事をするようになります。当然、萎縮し、体調はまた悪化していきます。このタイミングで退職しました。

また、運の悪いことに心療内科の主治医とも折り合いがつかなくなり、通院拒否を始め、無職の期間はただただゲームをしていたように思います。

 

3か月くらいですぐに就職したのですが、体調は治っているはずもなく、2か月足らずで体調が悪化、うつ病の診断を受けます。

 

休職して治療を続けていましたが、うつ病が一向に良くならないため、退職することに。ここでまた運の悪いことに、会社側の伝達間違いで傷病手当金は1/3しか受け取れませんでした。

 

うつ病の治療に2年ほどの歳月をかけ、再就職をしますが、次は目の不調を来して退職。

今までのオフィスワーカーから接客業や対人援助職を目指しアルバイトを転々と。

体調を崩しては辞め、新しいところで働いてまた体調を崩す。1か月で辞めたところもあります。

 

現在

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現在は、目の不調に関してはコントロールできるようになりオフィスワーカーに戻りました。

そしてメンタルの不調もさまざまなことを試行錯誤してやってきた結果的に、現在の会社の出勤率は約90%。

 

休む日も時にはありますが、それでも大きく体調を崩すようなことや業務に支障をきたすことはありません。

 

まとめ

まだ完ぺきとは言えませんが、メンタルを安定させ社会復帰した方法を今後紹介できればいいなと思います。